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20年ものあいだ、酒との葛藤を続けてきた挙げ句、ついに今年の2月、突然禁酒を開始した。 経過は順調で、今日にいたるまでずっと酒を飲まずにい続けられている。 禁酒をはじめたその日から気分は晴れ晴れとし、酒を飲みたいと思うこともほとんどない。 意外なほどスムーズに酒を抜くことができたので、拍子抜けしたほどだ。

しかし、これは偶然の賜物ではない。 何度も失敗を重ねてきたので、今度こそは、とずいぶん用意周到に準備した。 なにを準備したのか、そしてなぜ禁酒がうまくいったのか現時点でその理由をどのように考えているのか、記しておきたい。

今回、わたしは主に行動分析学のアプローチを利用した。 行動分析学についてはまた別途紹介する予定であるが、わたしにとっては、とにかくこれまでの悩みをすべて吹っ飛ばしてくれる威力をもった解決策だった。 頭でうじうじ考えてばかりでは何も起こらないが、なにも考えずに行動する無鉄砲は性に合わない。 事前に自分の行動を分析し、綿密に行動計画を立てて実行に移すという慎重なやり方がどうやら肌に合ったらしい。

禁酒までの手順

やみくもにはじめても長続きしないので、システマティックに行動を開始できるようにする。つまり、計画を立てるのだ。「やってのける」から学んだ、誰でも目標を必ず達成する手順で学んだ通り、事前の計画にまさる成功の秘訣はない。禁酒についても同様だ。奇をてらわないで、以下のような手順で計画を立てた。

  1. 目標設定とセルフモニタリング
  2. 現状分析
  3. 行動改善計画
  4. 目標の再定義
  5. 実行と振り返り

1. 目標を設定する

目標は明確、完全な禁酒生活を開始する ことだ。期限は、100日。それからあとまた酒を飲むのかどうかは100日後の自分と相談する。 セルフモニタリングの仕組みとしては、Momentumというアプリを使い、飲まなかった日に緑の印をつけていく。

2.現状分析

行動分析学でいう行動随伴性を明らかにするために、飲む前と飲んだ後の気分や状況を分析してリストアップした。これをABC分析という。先行条件(Antecedent)、行動(Behaviour)、結果(Consequence)の頭文字を取って、ABCだ。飲酒前はどういう状態、どういう気分だろう。また飲酒後にそれはどう変わるのか。自分の体験を書き出してみた。

これを見ると、わたしは「飲む」ことに8個のメリットを見つけている。下2つは、行動随伴性ではなく、酒を飲むトリガーとなっていたイベントだ。いわゆる刺激であり、パブロフの犬の鐘の音だ。夕食時になれば、わたしの身体は酒を自動的に欲していた。

3. 行動改善計画

さて、どうすればこのパブロフの犬的状況から脱するのか。行動分析学の知見を借りて、以下のような戦略を立てた。

  1. 先行条件をコントロールする
  2. 随伴性を変更する
  3. 代替行動を見つける
  4. ソーシャルサポートを活用する

それぞれについて説明しよう。

先行条件をコントロールする(Antecedent Manipulations)

行動分析学には、

  • 弁別の定理: 行動は強化の先行条件によって引き起こされ、弱化の先行条件によっておさえられる

というものがある。

つまり行動を起こりにくい条件を整えれば行動は起こりにくくなると言っているのである。なにを当たり前のことを思うかもしれないが、もっと当たり前のことを言わせて欲しい。

  • 酒が手元になければ酒を家で飲まなくなる
  • 外出時に現金やカードなどの決済手段を持ち歩かなければ酒を外で買えなくなる

これが先行条件の改善である。人間とは不思議なもので、自分を高尚な存在だと考えてしまい、自制心や意志力などという概念をこねくり回して、禁酒できないことをあれこれ頭で悩むけれど、行動分析学ではまあそういうことはおいておいて、ひとまず、酒を飲めない環境を作れば、禁酒できるんじゃない?という、至極もっともなことをずばりと教えてくれた。

行動随伴性の変更

飲めない環境をいくらがんばって作っても、飲みたいという気持ち、あるいは日常的に飲むという習慣を変えていかなければ、コンビニに押し入ってでも酒を飲みたいと思うだろう。そこで、さきの現状分析シートを活用する。なぜ飲みたいと思うのかは人それぞれだろうが、期待する効能があることはまちがいない。飲んべえの行き先は酩酊であり大差はないと思うが、念のため挙げておくと、「癒やされる」「ストレス解消」「おいしい」「喉が潤う」「食欲」「明るく社交的になる」など気持ちの良い言葉がずらりと並んでいる。

行動分析学には、「強化の原理」「復帰の原理」という教えもあり、良いことがあるなら、その行動をまた取りたくなる。酒を飲んでよっぽど痛い目にあわない限り、また人は飲む。これは飲酒行動が強化されているからだ。

  • 強化の原理: 行動することで良いことが起きると、その行動は繰り返される
  • 復帰の原理: 行動は弱化されないと、また繰り返される

そこで、発想を変えてみる。本当に酒は良いことずくめだろうか。これまでは意識的であれ無意識的であれ、酒を飲んだあとの結果の良い面に注目していたはずだ。良い面しかないというはやはり自分をだましているのではないか。酒飲みで酒の失敗話を持っていない人はいないだろう。二日酔いの経験が皆無の人もいないだろうし、他にも、健康面、経済面、時間の使い方、酔って出したメールで失敗談。叩けばいくらでも埃は出てくるだろう。心理的ハードルが高いのは十分承知だが、酒を飲むべきでない理由にも着目してみるべきではないか。

こういった発想を教えてくれたのが、アレン・カーの名著「禁酒セラピー」だった。先ほど挙げた先のメリットは、自分にとって心地の良い主観だろう。もはや、信念といってもいい。それをひとつずつ検査していき、くつがえしていく作業は本当に大変だ。しかし、この意識の変化がなければ、飲みたい気持ちと格闘しながら、飲酒を我慢しつづけることはおよそ不可能だ。もしあなたがあふれる意志力の泉のような人であったとして、自分を律する自信があったとしても、こんなことにその非凡な才能を使うべきではない。

こういった自分の中の常識をひっくり返すことは一人ではなかなかできないので、ぜひアレン・カーの本を読んでほしい。きちんと読めば、酒への考え方を180度ひっくり返してくれる。

さて、アレンの主張をひとまず受け入れることができたとすると、あなたはもう酒を飲みたいという気持ちをなくしているだろう。少なくとも積極的に飲む理由はないはずだ。こうして、行動分析学の

  • 弱化の原理: 行動することで悪いことが起きると、その行動は繰り返されなくなる
  • 消去の原理: 行動は強化されないと、元通りに起こりにくくなる

という原理が適用されて、飲酒の習慣は徐々に消えていくこととなる。

行動随伴性を変えるとは、行動の結果に関する認知を変えるである。行動の意味を変えることと言ってもいい。 わたしの場合、アレン・カーの本を読むだけで十分気持ちは入れ替わったが、なにも本だけが認知の変化を起こすわけではない。「酒と薔薇の日々」のような映画を見るのも有効だろう。あるいは、AAAの集まりに顔を出してみるのもありかもしれない。物理的な会合に足を向けるのはハードルが高いけれど、オンラインの禁酒コミュニティに参加するのであれば、今すぐはじめられる。

ちなみに、行動の結果、嫌なことが起こればいいのだから、行動分析学の本には、罰金を払う、輪ゴムでペンペンするといったよりプリミティブな方法がのっている。たしかに飲むたびに毎回痛い思いをするのも嫌だし、こういった方法もバカにできないだろう。

重要なのは、飲んだから良いこと(好子)が起きるという__強化の流れ__を断ちきり、飲んだらやなこと(嫌子)が起きるという__弱化の流れ__に持ち込むことである。 そもそも何かを期待して人は酒を飲んできた。この認知の変化こそが、禁酒のメソッドの中でもっとも心理的ハードルが高く、人それぞれ創意工夫のしがいがある場所だ。家の酒瓶をすべて放り投げてしまう前にぜひこの弱化の流れを自分の身に起こせるか、よく考えて具体的なプランに変えてほしい。

代替行動の設定

酒を手元におかなくなり、行動随伴性を理解して、飲む気もだんだん減ってきた。 しかし、それでも、身体は覚えていて、ついアルコールに手が伸びてしまう可能性がある。 とくに危険なのが、イレギュラーなイベントの発生だ。家族で旅行にいく。同僚に誘われてBBQをする。友人の結婚式に招待される。酒飲みの目からすれば、すべて飲酒イベントである。よし、酒が飲めると考えてしまう。

これらのイレギュラーなイベントが危険なのは、どう振る舞えばいいのか心の準備ができておらず、ついこれまでと同じ行動、つまり酒を飲むを選択しまうことである。会社の同僚から飲み会に誘われたときに断ることはできるだろうか。参加したとしても、はじめから最後までソフトドリンクで過ごせるだろうか。こうしたイメージトレーニングを積んでおかないと、十中八九、安易な行動、つまりこれまでと同様に好きな酒に手を出してしまう。人は易きに流れる。

イレギュラーなイベントはイレギュラーであるがゆえに、すべてを事前に想定するのは不可能である。そこで、こういった酒を飲むという選択肢をとらざるを得ない状況に出くわしたときに、取るべき代替行動を事前に決めておこう。

つまり、酒を飲みたいときに、代わりに何を飲むのか、決めておくのである。 ネットで調べてみると、炭酸水が人気のようだ。しっぽり焼酎を飲むのが好きな方は、あっためたウーロン茶や白湯でも効果がありそうです。わたしはビール党だったので、ノンアルコールのジンジャービールか、ジンジャーエールを選択することが多い。もちろん、ノンアルコールビールも選択肢に入る。わたしの場合、ノンアルコールビールは美味しい飲み物には思えなくて、かえって本物のビールが飲みたくなるので、代替品には向かなかった。 これらの代替品は、喉を潤すだけでなく、「酒でなくてもこれで十分」という気にさせてくれる。はじめの一杯の誘惑が最も強いが、そこを代替ドリンクで乗り越えられれば、たいてい欲求は静まり、ずっとソフトドリンクで過ごせる。

さらには、生理的な欲求だけでなく、酔いたい、朗らかな気分になりたい、という欲求への代替として、自分の大好きな行動を用意しておくといいだろう。金曜日の夜はっちゃけたい時になにをしたいだろうか。これまで酒を飲むことでしか憂さ晴らしができなかったとしたら、代わりのものをすぐに見つけることは簡単ではないかもしれない。読書でもゲームでもセックスでも友人とのおしゃべりでもなんでもかまわない。わたしの場合は、とにかくフィクションの世界に埋没すること、特に歴史小説かミステリを耽読する贅沢を、酒の代わりに自分に許した。

ソーシャルサポートを活用する

家族や友人など親しい人に協力を仰いだり、SNSで同じ目標に向かっている仲間を見つけて互いに励ましあうのも、すごく有効である。

わたしの場合は、家族に宣言したことと、家族にも家に酒を持ち込まないことをお願いした。 家にまったく酒がないという状態を作ったのと同時に、家族の目が光るということで家で飲むという行動自体が禁忌となった。飲みたいと思っても、家はもはや飲む環境ではなくなったのだ。

初心は忘れやすく意志はうつろう。酒に手が出そうになっても、横やりを入れてくれる人がいると安心である。

5. 実行と振り返り

さて、いよいよ禁酒の開始である。家族に宣言をして、酒の調達をやめる。家にあるお酒がすべてなくなり、禁酒生活の日々がはじまった。はじめはおっかなびっくりではあったが、特にトラブルもなく、酒のない生活に移行できたのは幸いだった。

この記事で書いた計画は整然としているように見えるが、読んでくれている人の助けにするために、後から整理したものである。実態は、酒をやめたいなと思って、いくつかの自己啓発本を読んで、うさんくさくて、でも、動機づけられていたので、酒がなくなるのを待って開始した。意外に2週間ほど続いてしまったので、後から行動分析学を勉強して、自分の行動を行動分析学のフレームに則り整理し直したのである。自転車に乗れることと、なぜ自転車に乗れるのかわかることは別だ。自転車なら身体が覚えてくれるが、禁酒はそうではない。なので、なぜ禁酒できているのか理解することはとても大切なことであった。

意志力を使ったとすれば、禁酒開始後一度でも失敗したら、再びずるずると酒を飲み始めてしまい、今のようなペースに戻すことは難しい、と考えたことである。重たい荷物を引っ張っている汽車のような気分だ。動いている間は線路を軽快に走っていくが、いざ止まってしまったとき、再びその荷物を動かしはじめる馬力がすぐに生まれるとは思えない、もしかしたら、二度と生まれないと自分を追い込んでいた。自分に言い聞かせた以外に、良い仕組みは用意できていない。

飲みたくならないの?という質問への答え。飲みたいと思うことはある。特に、会社からの帰り道、歩いているといやでも飲み屋でビールを飲んで楽しそうにしている人たちの姿をみかけることになる。会社での誘いもある。そうした瞬間ふらっと心が揺れることがある。ルールとして誰かと社交目的のために飲むのはOKにしているが、前述の比喩のごとく、一度動き出した汽車を止めたくはないので、いまのところ誘いにはのらないでいる。飲みたくなったら、アレン・カーの本に戻るか、いまこうしているように自分が禁酒できていることを理解することにつとめた。

こうして禁酒から二ヶ月が過ぎている。とにかく酩酊する時間がなくなったので、自由時間が増えたことがなによりの報酬だった。中長期的には、健康や経済的なメリットも出てくるだろう。なにより、禁酒できているという事実が、自分に自信を与えてくれている。はっきり言って、禁酒は本当に良いことずくめである。

このブログを読んで禁酒に成功した人がいれば、ぜひその体験もきかせてほしい。

最後に、行動分析学については、別途記事を書くつもりである。 参考にした書籍や、禁酒以外の行動改善についても触れてみたい。

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